高齢者の認知症による食事拒否はどうすれば良い?原因と対応策を解説
2024年9月3日 更新
認知症の高齢者が食事拒否をする原因はさまざまです。認知症の進行具合や体調、精神状態などの原因があり、介護者は原因に応じた対策を取る必要があります。しかし、明確な原因が分からず、対応に困る介護者の方も少なくありません。考えられる食事拒否の原因と対応策を把握し、本人に寄り添うことが重要です。
本記事では、認知症の高齢者が食事拒否をした場合の主な原因を明らかにした上で、介護者が取るべき対応策と注意点などを解説します。実際に食事拒否の改善に成功した事例も紹介しているため、ぜひ参考にして下さい。
認知症の方が食事拒否をする原因・理由とは?
認知症がある高齢者が食事拒否をする原因は、症状に由来するものから体調や食事内容などまで多岐に渡ります。複合的な原因で食事拒否するケースもあるため、本人が食事拒否をする原因や理由を把握してから対応策を考えることで改善につながります。
失行の症状により食事の仕方が分からなくなった
失行とは、今まで当たり前にできていた行動を取れなくなることです。認知症に見られる症状の一つで、運動機能や感覚器には異常がないものの、食事の仕方が分からなくなります。本人が目の前にある食事を食べたいと思っても、スプーンですくう、口に運び入れるなどの方法が分からず、手が止まってしまいます。
介護者からは、本人が食事拒否をしているように見えることも少なくありません。また、認知症の方が食事をする方法が分からない自分に対して嫌悪感や恥ずかしさを抱き、結果的に食事拒否へつながることもあります。
失認の症状により食べ物を認識できていない
失認とは、視力に異常がないにも関わらず、目の前にあるものが食べ物だと認識できなくなる認知症の症状です。脳の認知機能が正常の場合、食べ物かそうでないかの判断は簡単にできます。しかし、認知症の方は認知機能の低下によって、食べ物とそうでないものの区別をつけられないことがあるため注意が必要です。食べても安全かどうかを判断できなければ、口に入れることに恐怖心を抱いて食事拒否につながってしまいます。
失認の症状によって食事拒否をする方には、食べても安全なものだと分かるように声かけをする、介護者も同じものを食べるなどの工夫をしましょう。
摂食嚥下障害を起こしている
摂食とは、外部から飲み物や食べ物を体内に取り込むこと、嚥下とは、口に入れた食べ物が飲み込まれ胃に至ることです。摂食嚥下障害は、食べ物を口腔内に取り込む、噛む、飲み込むなどの動作がうまくできない状態を指します。高齢者が嚥下障害になる主な原因は、噛む、飲み込むための筋力の低下、口腔や喉の不調や病気などです。
摂食嚥下障害になると口に食べ物を入れてもこぼれ落ちたり、飲み込む際に時間がかかったりする場合があります。また、食べ物を飲み込む際にむせる、食後に痰が多く出るなどの症状が見られる場合もあり、誤嚥や肺炎のリスクが高まります。
対応策として、噛みやすく飲み込みやすい食事内容に工夫することが大切です。食事介助を行う介護者は、対象者に応じた一口の大きさや水分にとろみをつけるなどの注意が必要です。
口腔内にトラブルを抱えている
口腔内にトラブルがある場合、食欲がわかずに食事拒否をすることがあります。例えば、歯周病や虫歯、入れ歯の違和感などです。歯周病や虫歯の進行による痛みや、食べたいのに食べられないストレスにより、食欲の減退につながります。
入れ歯に違和感があると噛み合わせが悪化し、食べ物をうまく噛み切れなくなります。また、口腔ケアが不十分で舌が汚れた状態の場合、食べ物の味を感じられずに食事を楽しめていないケースもあるようです。
体調が優れない
些細な体調の悪化が食欲を低下させ、食事拒否につながる場合があります。体調の変化に本人が気付いていない場合もあれば、体調が優れないことを介護者にうまく伝えられずに放置したことで症状が悪化し、食事ができなくなるケースも少なくありません。体調不良の原因としては、次のようなものがあげられます。
- 睡眠不足
- 便秘
- 身体的な痛み
- 熱中症
体調が優れないことが食事拒否につながっている場合は、体調不良の原因を解決することが先決です。体調不良が改善されれば食欲が戻り、食事拒否の解決につながります。
BPSDにより気分が落ち込んでいる
「BPSD(Behavioral and psychological symptoms of dementia)」とは、認知症の方の行動や心理症状を示した概念のことです。認知症には、記憶障害や失行・失認などの認知機能の障害を指す中心的な症状(以下、中核症状)と、それに起因する行動・心理症状があります。BPSDは、中核症状に関連して引き起こされる行動・心理症状です。BPSDの具体的な症状は以下のとおりです。
- 心理症状:不安、抑うつ、妄想、誤認など
- 行動症状:徘徊、攻撃的行動、抵抗、不穏など
BPSDが引き起こされる主な要因は、身体的な要因や環境的要因、心理的な要因です。特に、不安や抑うつなどの気分の落ち込みが食欲を低下させ、食事拒否につながることも少なくありません。BPSDが見られる場合は、症状に合わせた対応策を取ることが大切です。
活動量が低下し空腹を感じていない
認知症の方は、活動量の低下によってお腹が空かなくなり、食事拒否をする場合があります。認知症の症状が進行するにつれて日常でできることは減少していき、行動範囲も狭まってしまいます。
介護者の介助がなければ食事や移動もできなくなり、自分で「〇〇をしたい」という気持ちがあっても能動的な行動を控える方も少なくありません。活動量が低下すれば体内に蓄えられたエネルギーが消費される量も減るため、空腹を感じにくくなります。
食事内容に不満がある
本人の好みと異なる食事内容は、食欲がわかず食事拒否につながるケースもあります。特に、施設の入居者は自分の好みに合わない食事が提供される場合もあるため、苦手なメニューが出ると食欲がわかなくなる方も少なくありません。
また、見栄えのしない盛り付けの料理や薄い味付けの料理、細かく刻んでしまい何が入っているのか分からない料理なども食欲低下につながります。食事への興味を取り戻すためには、食事内容の工夫が必要です。
環境に問題があり食事をしない
認知症の高齢者の中には、食事環境が合わないために食事拒否をする方も存在します。例えば、静かな環境で食事をしたい方の場合、人が多く賑やかな場所での食事は好まないでしょう。
また、食事介助をする介護者と相性が合わない場合は、食事を楽しめない可能性があります。人それぞれ適切な食事環境は異なるため、本人やご家族から話を聞き、入居者が好む食事環境を把握しておくことが大切です。
向精神薬の副作用で食欲が低下している
向精神薬とは、精神活動を司る中枢神経に影響を与える薬物の総称です。厚生労働省のガイドラインをもとに使用されており、主に精神科の治療薬として処方されています。主な薬物と副作用は、次のとおりです。
- 抗認知症薬:不整脈、失神、食欲不振など
- 抗精神病薬:眠気、嚥下障害、食欲低下など
- 抗うつ薬:緑内障や心血管疾患の悪化、嘔気(吐き気)など
- 睡眠薬:ふらつき、運動失調、認知機能の低下など
向精神薬には精神を安定させ、睡眠を促進するなどの効果がある反面、副作用もあります。向精神薬を服用している方の中には、副作用の影響で食欲がわかずに食事拒否をする可能性があることも把握しておきましょう。
認知症の種類による食事拒否の傾向
認知症には次の3種類があり、種類によって食事拒否の傾向が異なります。
- アルツハイマー型認知症
- レビー小体型認知症
- 血管性認知症
種類ごとの具体的な特徴と食事拒否につながる食事への影響を詳しく解説します。
アルツハイマー型認知症の傾向
アルツハイマー型認知症は、アミロイドとタウの2つのタンパク質が脳に蓄積される結果、脳の神経細胞が障害されて減少する認知症です。最も頻度の高い認知症です。加齢、糖尿病、高血圧などの生活習慣病や体質(遺伝的因子)が発症リスクを高めると考えられています。アルツハイマー型認知症に見られる主な症状は大きく分けて、認知機能の低下と行動・心理症状の2つです。
- 認知機能の低下:記憶障害、時間・場所を認識できない、話す言葉の意味を理解できなくなる
- 行動・心理症状:不安・幻覚、意欲がなくなる、イライラしやすくなる
失認や失行などの症状がある方は、食事拒否をする可能性が高くなるため食事介助をする際にも安心して食べてもらえるような声かけが必要です。
レビー小体型認知症の傾向
レビー小体型認知症は、異常なタンパク質の蓄積によって生じるレビー小体が脳に蓄積する結果、脳の神経細胞が減少する認知症です。アルツハイマー型認知症の次に高齢者の発症が多いとされています。レビー小体型認知症の主な症状は次のとおりです。
- 認知機能障害:時間や場所などの状況把握が難しくなる、言葉の理解力が低下する
- 幻視:レビー小体型認知症に特徴的な症状で、存在していないものが本人にだけ見えます。
- パーキンソン症状:手が震える、身体が硬くなり動かしづらくなる
パーキンソン症状で手の震えが現れた場合、箸やスプーンなどを掴めずに自分で食べ物を口に入れるのが難しくなります。また、幻視によって料理に虫が入っていると錯覚し、食事拒否をするケースも見られます。
血管性認知症の傾向
血管性認知症は、脳に十分な血液が行き渡らないことで脳組織が破壊され、精神機能に影響が出る認知症です。脳卒中になった場合に発症のリスクが高まると考えられています。血管性認知症の主な症状は次のとおりです。
- 記憶障害が起こる
- 思考が鈍くなる
- 計画立案や問題解決が難しくなる
血管性認知症は複数の症状がまだらに現れる病気のため、まだら認知症とも呼ばれています。特定の部位の麻痺や視力の低下が著しく、食べ物を自分で食べられなくなることもあります。その結果、食事への興味が失われて食事拒否に至るケースも少なくありません。
認知症による食事拒否の改善は介護者が気持ちに寄り添うことから
認知症には種類があり、それぞれ異なる症状が現れます。症状の内容によって食事への影響は異なるため、認知症がある高齢者が食事拒否をする原因はさまざまなものが考えられます。
認知症の方は、認知機能の低下によって言葉で自分の気持ちや状態をうまく伝えられない方も少なくありません。食事拒否をする入居者がいる場合は、介護者が本人の気持ちに寄り添いながら積極的にコミュニケーションを取り、食事拒否の原因を把握しようとする心構えが必要です。
食事拒否の原因を突き止められない場合は、食事の際に認知症の方の態度や様子を観察し、仮説を立てましょう。仮説をもとに後述する対応策を試すことで改善できる可能性が高まります。
認知症による食事拒否の対応策
前述したとおり、食事拒否は特定の原因だけでなく、複合的な原因によって引き起こされることもあるため、症状に合わせて複数の対応策を併用しましょう。ここからは、認知症がある高齢者が食事拒否をする場合の具体的な対応策を解説します。
日頃から体調管理に気を付ける
認知症の方は体調の変化を自覚していない、体調不良を伝えられない場合もあるため、介護者は体調の変化を見逃さないように体調管理を行うことが大切です。例えば、次のような工夫をすると良いでしょう。
- 「はい」「いいえ」で答えられる質問をする
- 普段から顔色や態度の変化を細かく観察する
- 十分な睡眠時間が取れているかを確認する
- 食事量に変化がないかをチェックする
- 義歯に異常がないかを定期的に確認する
慢性の呼吸器疾患や心疾患などの基礎疾患がある方の場合は、状態が悪化していないか定期的に確認しましょう。
適切な食事介助を行う
認知症の方の食事介助をする際は、症状に合わせた介助を行うことが大切です。特に失行の症状がある方は食事の仕方が分からなくなるため、本人にお箸やスプーンを持たせて食べ物を口に運ぶ動作を介助します。介助によってお箸やスプーンの使い方を思い出し、その後スムーズに食事ができる場合があります。
失認の症状が見られる方は食べ物とそうでないものを認識できなくなるため、食べ物であることを分かってもらう工夫が必要です。例えば、介護者が一緒に食事をする、食べる姿を見せて真似してもらうなどの工夫が挙げられます。
食事前に活動を促す
食事の前に本人が興味のある活動を促すことで食欲促進が期待できます。認知症の方で活動量が少ない場合や1日中眠気に襲われる傾眠傾向がある場合はお腹が空きづらく、食事拒否につながる可能性があります。食事の前に本人の負担にならない活動を促し、食欲促進につなげましょう。食事前におすすめの行動は次のとおりです。
- 散歩や日光浴をする
- 体操をする
- 簡単な手伝い(洗濯物をたたむ、掃除など)をお願いする
- 本人が得意なことをする
- 本人の興味のあることをする
認知症の方が楽しめる活動を促すことで、活動量が上がるだけでなく気分も良くなり食欲の促進につながります。
食事に集中できる環境を作る
食事拒否をする方が食事に集中できるように環境を整えることが大切です。静かで落ち着いた環境で食事をしたい方や、広い空間や大勢の人がいる場所が苦手な方など、ストレスの感じ方はそれぞれで異なります。食事に集中できる環境を作る場合は、次の対処法を参考にしてみてください。
- 少人数の席に変える
- 他の入居者が視界に入らない場所に席を設ける
- 本人に合わせた広さで食事を取らせる
- 本人に好きな席を選ばせる
- 物音がしない静かな場所を用意する
また、食事をする場所が明るすぎる、暗すぎる場合でも食欲がわかなくなるケースも考えられるため照明の明るさにも注意しましょう。
食事の体勢に注意する
介護者は、食事をする際の体勢にも注意を向けることが重要です。体勢が悪いまま食べ物を口に運ぼうとするとスプーンからこぼしてしまったり、口に入れた食べ物をうまく飲み込めなかったりする場合があります。食べやすい体勢を作るためのポイントは次のとおりです。
- 背もたれがあり、床に両足を着けた際に膝が90度に曲がる高さのイスに深く腰掛ける
- 背筋を伸ばし、顎を軽く引いたまま、やや前傾姿勢を取る
- テーブルは腕を乗せた際に肘が90度に曲がる高さに調整する
- テーブルまでの距離は拳1つ分にする
背中が丸まる、顎が上がるなどの状態は食べにくくなるため、姿勢が崩れたら正しましょう。
入れ歯の調整や口腔ケアを行う
食事拒否は、口腔内のトラブルの解決で改善される場合があります。特に、入れ歯が合っていない場合、違和感や痛みがあることで食事に集中できないのかもしれません。入れ歯が合っていない場合は調整や交換するだけで食事ができるようになる可能性があります。
また、入れ歯を口に入れたまま食事をするのを拒否する方には、歯茎ですり潰せる硬さの食事へ変更するのも一つの方法です。合わせて口腔ケアを行えば、食べ物の味を感じる機能や噛む力を維持しやすくなります。口腔ケアは虫歯や歯周病の予防にもつながります。歯周病の予防により、認知症の進行や糖尿病を発症するリスクを抑えることも可能です。
食事前の排泄や排泄状況の確認を行う
排泄は食事前に済ませておく必要があります。食事中に排泄したくなると食事を中断する必要があり、戻ってきても食事に集中できなくなるためです。特に、居室内で食事やポータブルトイレを使用して排泄をする場合は注意が必要です。食事中に排泄すると室内に排泄物の臭いが残り、食欲が低下してしまう恐れがあります。食欲の低下は食事拒否につながるため、食事前に排泄を促しましょう。
また、食欲が低下する原因には便秘や下痢の可能性も考えられます。入居者の排泄状況を把握した上で、便秘の場合は、改善が期待できるお茶の提供や腹部のマッサージなどを行い、排便を促すのも一つの方法です。
声かけを工夫する
食事拒否は、介護者が声かけをすることによって改善できる場合があります。認知症の方は短期記憶の障害がある場合が多く、その場合は数分~数時間前の記憶を保てません。さらに、介護者からの声かけがないと、突然口の中に食べ物を入れられたと誤解することもあります。
食事拒否につながらないようにするには、食事前だけでなく食事中のこまめな声かけが大切です。ただし、食事中に声かけばかりすると気分を害する恐れがあるため、指摘するような声かけではなく日常会話に近づけた声かけを行います。例えば、本人が興味のあることや家族の話題を振り、食事の時間を楽しく過ごせるように工夫しましょう。
食べやすい食器を使う
食器は、認知症の方の症状に合わせて食べやすいものを選びます。認知症の方の症状別に食べやすい食器を紹介します。
- 麻痺がある:食器の裏に滑り止めのゴムが付いている食器を用意する
- お箸が使いづらい:スプーンやフォーク、補助箸を用意する
- 指に力が入りづらい:割れにくく、軽い食器を用意する
- 視力が低下している:目立つ色の食器やトレーを用意する
また、陶器の食器はデザイン性に優れていますが、汁物や熱い料理を入れると熱くて持てなくなります。木製のように食器の表面が熱くならない素材の食器を用意しましょう。
料理の調理・提供の仕方や盛り付けを変える
調理方法や盛り付けの仕方は、認知症の方の噛む力・飲み込む力、口腔内の状況に合わせて変えることが大切です。調理や提供方法、盛り付けの例を紹介します。
- 入れ歯が合わない、噛む力が弱っている:簡単にすり潰せる硬さに調理する
- 飲み込む力が弱まっている:水分にとろみをつける
- ムース食やミキサー食:食材ごとに加工する、色味になる食材を飾り付ける、事前にメニューの説明をする
また、食材の切り方を工夫する、バランスの良い彩りに盛り付ける、小分けして提供するなど、料理の盛り付けを工夫すれば食欲の促進につなげられます。
おやつの量でカロリー不足を対策する
食事拒否をする方は1日に必要なカロリーを摂取できない場合があります。食事拒否によってカロリー不足が起こるのを防ぐためには、1日3食の食事と別におやつを提供することをおすすめします。
おやつは手軽にカロリーや栄養を補給するのに有効です。例えば、少量でカロリー不足を補うなら、高カロリーゼリーが便利です。不足するカロリーに応じて、おやつの量や提供する頻度を調整するとカロリー不足を対策できます。
食事の量や回数を調整する
食事拒否でカロリーや栄養が不足している場合の対策として、食事の量や回数を調整する方法があります。食の細い方は、食べ切れない量の食事を出されると食事拒否をするケースも少なくありません。
1回の食事の量を減らすことで視覚的な負担を軽減できます。例えば、他の人よりも品数を減らす、1品あたりの料理の盛り付け量を減らすなどの方法があります。ただし、食事の量を減らすと1日に摂取できるカロリーや栄養が不足するため、本人の負担にならない程度に食事の回数を増やすことを検討しましょう。
高齢者が食べやすい献立にする
従来の食事が食べにくくて食事拒否をしている方の場合、食べやすい献立に工夫することで食事拒否が改善するケースがあります。高齢者が食べやすいとされる主な献立例は次のとおりです。
- 柔らかいハンバーグ
- ポタージュのようにとろみがあるスープ
- カレイの煮つけ
- イワシのつみれ
- 卵豆腐
- かぼちゃの煮物
- フレンチトースト など
高齢者は加齢に伴い、噛む力や飲み込む力が弱くなるため、やわらかく調理したものや、ムース状またはペースト状などなめらかに加工された料理が食べやすいという傾向があります。そのため、食物繊維が多く硬い野菜、弾力が強く噛みづらい食材や、むせやすい酸味が強い食材、は献立に使用しないようにしましょう。
好きな食べ物を提供する
好きな献立が出ないことが食事拒否につながっている場合もあるため、本人が好きな献立や食べ物を提供しましょう。好きな献立や食べ物を提供すれば食事への興味が高まり、食事拒否が改善される可能性があります。
ただし、好きな食べ物ばかりを提供すると栄養のバランスが偏る恐れがあります。1日に必要な栄養素をバランス良く取れる献立を考えつつ、できる範囲で好きな食べ物を提供できるように工夫しましょう。
認知症による食事拒否を改善した成功事例
成功事例は、認知症がある高齢者の食事拒否への対応策がどのように改善したのかを深く理解するのに役立ちます。本章では、認知症による食事拒否の対応策が成功し、改善した事例を紹介します。
出典:老健介護学 第24巻 第2号|食事に課題のある認知症高齢者への看護
介助方法を工夫した事例
認知症の方の症状をしっかりと見極め、症状に合わせた介助を行うことで食事拒否を改善した事例です。対象者は重度の認知症がある方で、食事中は大声を出す、歌うなどの興奮状態にあり、スプーンの使い方が分からない状態でした。原因を探ったところ、アルツハイマー型認知症が進行し、「失行で食事の仕方が分からなくなったことを隠すために興奮しているのではないか」という結論に達しました。
食器とスプーンの持ち方を支援し、自力摂取を促す介助を続けることで次第に落ち着いて食事ができるようになったそうです。結果的に、本人の満足感につながった上に食事の摂取量は8~10割まで増えました。
コミュニケーションを工夫した事例
認知症の方と信頼関係を構築したことが食事拒否の改善につながった事例です。対象者は病棟内の他の患者と交流するのを避けており、食事も一人用のテーブルについていました。
介護者が毎日同じ時間に食事介助に出向くことで本人から認識されるようになり、次第に信頼をおける関係にまで発展しました。会話の中で好きな食べ物を聞き取り、食事で好きなものを提供しセッティングまで行うと自分で摂取するようになったそうです。その後は他の職員や患者とも会話をするようになり、他の患者と同じ席で食事を取れるようになりました。
見守り方を工夫した事例
本人の負担にならない見守り方に切り替えたことで食事拒否が改善した事例です。対象者は、抑うつ状態にあり意欲の低下から食事に興味を持てない状態でした。薬物による副作用の可能性を主治医に確認しつつ、食事介助では少量でも自分のペースで食事をできる環境を作りました。
普段からの観察で食事を促す声かけは本人の負担になると分かり、静かに見守る姿勢に切り替えました。他の職員にも同じ見守り方を実践してもらった結果、食事摂取量が3~4割から6~7割まで増えたそうです。食事摂取量は徐々に安定したため、無事自宅に退院しました。
補助食品飲料を活用した事例
盛り付けの工夫や補助食品飲料の活用が食事拒否の改善につながった事例です。対象者は介護者が行うケアに対し、嫌悪感を抱く傾向がありました。食事中に食器を触るだけで機嫌が悪くなることもあったそうです。
そこで食事中は食器のセッティングと最小限の声かけだけを行い、好きな食べ物を食べてもらうことにしました。甘いものが好きだと分かり、管理栄養士や看護師と相談し、甘い補助食品飲料で不足するカロリーを補うことにしました。また、副食を残す傾向があったため主食の上に少し乗せる方法を試した結果、6~8割の食事を摂取できるようになったそうです。
薬の量を調整した事例
服用する薬の量を調整して副作用が軽減したことで、食事拒否が改善された事例です。対象者は夜間不眠やあちこち動き回る多動の症状が見られる方で、施設スタッフの意向により睡眠導入薬が増量されました。朝食時はテーブルに伏せて食事に興味を示さなかったため、入院先の職員の間では朝食を食べる習慣がない人と認識されていたようです。
しかし、睡眠導入薬の効果が朝まで残っている可能性があることが分かり、段階的に薬を減量する方針になりました。食事では自力摂取を見守り続けた結果、介護者の声かけに「おいしい」と返答する、食べる仕草を真似る、などのコミュニケーションを取れることが分かったそうです。
認知症による食事拒否に対してやってはいけない対応
認知症の方が食事拒否をする場合に、介護者が取ってはいけない対応方法は、本人任せにして認知症の方を放置することです。健康を維持するためにも、適切な対処法を探る必要があります。また、強い口調で声かけをする、強引に食べ物を口に運ぶ、食事を促すなどの無理強いは控えましょう。
食事をするペースは人それぞれ異なるため、食べる素振りを見せなくてもすぐに片付けず、本人のペースで食事をしてもらうことも大切です。ただし、本人の気持ちや要望を聞きすぎると栄養失調や脱水などを引き起こす場合があります。本人の要望を全て受け入れるのではなく、健康状態や噛む力、飲み込む力に合わせた食事を提供しましょう。
認知症で食事が取れなくなった時のお悩み
食事拒否の対応策を行っても改善できない場合も少なくありません。本章では介護者の悩みに対する回答を紹介します。
食事がとれなくなったら寿命が近い?
認知症の進行によって食事が全く取れなくなる絶食状態になると、寿命を迎えることが多くなると考えられています。食事は生命活動に不可欠なものであり、必要なカロリーや栄養を取れなくなると生命を維持するのが難しくなります。
絶食後から寿命を迎えるまでの間は本人に残された体力を考慮した上で、延命治療を行うのか、自宅または介護施設や病院のどこでどのように看取るのかを考えることが重要です。病院であれば点滴や胃ろうなどの処置で寿命を延ばすことも可能です。しかし、本人の負担になることもあるため、家族や親族と話し合いをしてそれぞれの意思を確認しておきましょう。
食事がとれない認知症の方への胃ろう・点滴などの看護は有効?
絶食状態での栄養補給の方法として、胃ろうや点滴は有効な手段です。胃ろうは胃に穴を開けてカテーテル(チューブ)を入れ、液体の栄養剤を直接胃に注入する栄養補給の方法です。栄養剤は消化管から栄養素が吸収されやすい状態に加工されているため、消化器官への負担を減らせます。ただし、胃ろうの造設には外科手術が必要で、体への負担がかかります。
また、口から食べ物を摂取するという楽しみを奪うことになります。
消化器官の病気や手術後は消化管の使用を避けるために点滴が用いられるのが一般的です。栄養補給のために胃ろうの造設や点滴による看護を選択する場合は、延命治療の是非も合わせて検討しておきましょう。
食事がとれない認知症の方は病院に入院できる?
絶食状態にある認知症の方は病院に入院できます。認知症の方が病院に入院する理由には、介護施設での介護が難しくなった場合やケガ・病気によって医療施設での治療が必要になった場合が挙げられます。
ただし、認知症が進行している方の場合、一般の病院に受け入れてもらうのが難しいケースも少なくありません。認知症の方を入院させる場合は、精神科がある救急病院または認知症疾患医療センターがある病院を選びましょう。
認知症による食事拒否への対応をサポートする「まごの手キッチン」
「まごの手キッチン」は、高齢者施設や介護施設向けに調理済みの冷凍食材を配送するサービスです。和食・洋食・中華を合わせた800種類以上のメニューがあり、認知症の方の好みに合う食事を提供したい場合に活用すると便利です。
また、気分が落ち込みやすい方がいる場合でも、豊富なメニューを提供できるため気分転換のきっかけになります。噛む力や飲み込む力が弱くなっている方には、歯茎でつぶせる硬さのやわらか食(ソフト食)や、ムース状に加工したムース食などがおすすめです。
解凍や湯煎、電子レンジ加熱だけで簡単に調理でき、調理員の調理技術による出来上がりの差をなくせます。食材は高齢者が食べやすいような軟らかさに調整されているため、誤嚥のリスクを抑えられるでしょう。さらに、調理時間の削減によって浮いた時間は入居者のケアや信頼関係を構築するためのコミュニケーションを取る時間に充てられます。
認知症による食事拒否は原因の特定と適切な対応が重要
食事拒否をする原因は症状や体調、精神状態で異なります。食事拒否を改善するには、認知症の症状に合わせた対応策を取ることが重要です。具体的には、献立や盛り付けを工夫する、症状に合わせた食事介助や声かけをするなどの方法が挙げられます。本人の好みに合わせたメニューを別途で調理するのが難しい場合は、高齢者向けに調理済みの冷凍食材を配食するサービスを利用するのも一つの方法です。
「まごの手キッチン」では、高齢者施設で提供する食事や介護食を検討されている方向けに無料サンプルを送付しています。介護施設職員の方や経営者の方はぜひ一度お試しください。
【監修】
女子栄養大学
名誉教授 田中 明 先生
医学博士。
文部省学術国際局学術調査官、東京医科歯科大学医学部臨床教授、
日本健康栄養食品協会学術委員、女子栄養大学栄養クリニック所長
などを経て2021年4月より現職